ローソンの「ウチカフェ」や東急プラザ渋谷などを手がけたヒットメーカーとして知られる、ブランドプロデューサーの柴田陽子氏。
彼女が語るブランディングの本質は、単なる見た目の美しさではなく、「お客様に何を提供したいのか」という情熱と、それを実現する商品力にあります。
本記事では、柴田氏の実践的なブランディング手法を通じて、企業がファンを獲得し、持続的な成長を実現するための具体的な方法論を解説します。
ブランディングとは?
ブランディングとは「ファンを持つことによって得する塊」を作ることです。
多くの企業がブランディングを「おしゃれなデザイン」や「広告キャンペーン」と捉えがちですが、これは大きな誤解といえます。
真のブランディングは、事業全体を個性的で魅力的なものへと変革し、確実に売上と利益を生み出す経営戦略なのです。
ファン獲得の仕組み
ブランドとは、顧客が共通の好印象を持つことで形成される「おそろいの評判」のことです。
柴田氏がシュウウエムラでネイルサロンを立ち上げた際、「ここに来ると親切にしてもらえる」「おしゃれなのに気さくで接客がわかりやすい」といった共通の感想が顧客の間で生まれました。
この「おそろいの評判」こそが、ブランドの核心なのです。
ファンがつく塊、つまりブランドが確立されると、企業には以下のような恩恵があります。
- 優秀な人材が集まる:強い理念に共感した人が自然と入社を希望する
- メディアに取り上げられやすくなる:「この企画にはあの会社を載せてあげよう」と思ってもらえる
- 価格競争から脱却できる:ブランド価値により適正価格での販売が可能になる
- 顧客のロイヤリティが高まる:リピーターや推奨者が増加する
エルメスが偉そうにしていなくても人々が憧れるのは、確立したものづくりと完璧な店舗体験、そして顧客層の素晴らしさに触れることで、自然と尊敬の念が生まれるからです。これが、ブランドの力といえます。
企業ブランディングに必要な3要素
企業ブランディングには「強い理念」「卓越した商品力」「明確なコンセプト」の3要素が不可欠です。柴田氏は企業のブランド構築において、次の3つの要素を重視しています。
強い理念と壮大な夢
単なる売上目標や上場計画ではなく、「お客様に何を提供したいのか」という情熱的なビジョンが必要です。
特に現代の若い世代は、金銭的報酬よりも「リーダーの考え方」や「商品の意義の深さ」「志の高さ」に共感して、企業に参加する傾向があります。
「新しい旅行をデザインする」といった抽象的なミッションでは、人々の心を動かせません。「旅行への深い愛」と「具体的にどんな体験を提供するのか」を明確にする必要があるのです。
理念に基づいた卓越した商品力
どれほど美しいビジョンを掲げても、商品そのものに価値がなければ意味がありません。出た成果が適正な売上と適正な利益で成長するため、ブランディングと収益性は不可分です。
レストランプロデュースを任された29歳の頃、柴田氏は3つの企画書を求められました。
- 魅力的な企画書:どんなレストランかを示すコンセプト全体
- 投下資金計画書:企画を形にするための予算計画
- 5カ年営業計画書:投資が利益に変わるまでの道筋
この経験から、ブランディングは事業全体をデザインする仕事であり、「儲からなければ誰も幸せではない」という信念が形成されました。
明確で共感できるコンセプト
コンセプトとは、ブランドが提供する価値を一言で表現したものです。
スターバックスの「サードプレイス(第3の場所)」のように、顧客が感想を持つすべてのタッチポイント(※)に一貫したメッセージが込められている必要があります。
※タッチポイント:顧客がブランドと接触するあらゆる場面(店舗、商品、スタッフ、Webサイトなど)
看板商品の重要性(強みの作り方)
すべてを網羅するより、1つの強烈な個性を持つ商品の方がブランドを確立できます。
多くの企業が「市場平均」や「競合のラインナップ」を基準に商品展開を考えますが、柴田氏はこれを否定します。
パン屋を例に挙げれば、60〜80種類のパンを揃えるよりも、「この食パンだけは絶対に負けない」という看板商品で勝負する店の方が、強いブランドを築けるのです。
旅行業界での例
旅行代理店であれば、アメリカもヨーロッパもハワイもすべて網羅する必要はありません。たとえば、韓国・ソウル旅行1本に絞り、以下のような特徴を持たせることで差別化できます。
- 厳選されたレストラン指定:現地の名店と提携し、最高の食体験を保証
- 学びと気づきのある体験設計:単なる観光ではなく、人生の価値観が変わる旅を提案
- 細部まで磨き込まれたツアー内容:トマトときゅうりのサイズまでこだわるような、徹底した品質追求
柴田氏のレストランでは、シグネチャーメニュー(※)のコブサラダを「食感のバランス」まで調整し続けています。この徹底的な磨き込みこそが、他店との決定的な差を生むのです。
※シグネチャーメニュー:その店を代表する看板料理。
実験上手=商売上手
変化の激しい時代において、1回目で完璧な商品を作ることは困難です。重要なのは「正しい実験をして、正しく成長していく力」になります。
商品展開の実験例として、以下の2パターンを同時にリリースする方法があります。
| パターン | 内容 | 狙い |
| コンセプト重視型 | 企業の理念を体現した、メッセージ性の強い商品 | ブランドの世界観を伝え、熱狂的ファンを獲得 |
| 自由度重視型 | 顧客の要望に柔軟に対応できる商品 | 幅広い層のニーズに応え、市場データを収集 |
この実験から得られる顧客の反応こそが、次の商品開発やブランド戦略の指針となります。
ビジョンとメッセージの伝え方
どれほど素晴らしい理念や商品があっても、それが顧客に伝わらなければ存在しないのと同じです。
「何かを人にしてあげたいんだ」「喜んでほしいんだ」という思いは必ず伝わります。伝わらないなら、やっていないのと同じです。
よくある失敗パターン
多くのスタートアップ企業は、以下のような自己中心的なメッセージを発信してしまいがちです。
- 「○年で売上○億円を達成」
- 「○年以内に上場を目指す」
- 「新しいタイプの○○をデザインする」
これらは企業側の成功物語であり、顧客視点が欠けています。「新しいタイプの居酒屋」と看板に書いてあっても、「どんなタイプなんだ」と突っ込まれるだけなのです。
伝わるメッセージの作り方
効果的なメッセージには、以下の要素が含まれている必要があります。
- 具体的な顧客体験:「この旅行に行けば必ず学びがあり、自分が変わる」など
- 提供価値の明確化:「人生100年時代をどう生きるか、その答えを旅を通じて見つける」など
- 情熱と愛情:旅行への深い愛、商品への徹底的なこだわり
たとえば旅行会社であれば、「日本では3年いても体験できないような出会いが必ず1つ仕掛けてある。それによって自分を見つめ直す機会がある旅行会社」といった、具体性のあるメッセージが求められます。
細部へのこだわりが生む圧倒的な差別化
ブランドは、最後の細かい違いで全く異なる感想を生み出します。大きな違いではなく、ちょっとした差にこそブランドは宿るのです。
柴田氏のレストランでは、トマトときゅうりのカットサイズを調整することで、口に入れた時の食感バランスを最適化しています。
一般の人にはわからないような微細な改善を繰り返すことで、「このレストランのサラダは何か違う」という評判が生まれるのです。
物語を共に作る姿勢
完璧な計画を最初から立てるのではなく、顧客やスタッフと共に物語を作っていく姿勢が重要です。
「韓国でおすすめのレストランに案内したら、オーナー夫婦が喧嘩してしまい、ひどい味のビビンバになってしまった」といった失敗談も含めて、それらを改善しながら成長していく過程こそが、ブランドストーリーとなります。
「調達資金を得た」「上場した」という企業側の物語ではなく、「旅行好きの人々がスタートアップで集まり、特徴的で気づきのある旅を作り続けている」という顧客視点の物語を紡ぐことが大切なのです。
社内文化とマネジメントにおけるブランディング
ブランディングは社外だけでなく、社内カルチャーの構築にも不可欠です。
柴田氏は現在、コミュニケーション本部の責任者として、社内外のコミュニケーションをスムーズにする役割を担っています。これには、以下の要素が含まれます。
- 社外ステークホルダーとのリレーション構築:PRやメディア対応
- 社内カルチャーの醸成:企業理念を体現する組織文化の形成
- SNS運用による新規顧客との関係構築:デジタル時代の顧客接点の最適化
マネジメントの課題と解決策
組織が拡大すると、一人で全てを手がけることはできなくなります。専門スキルを持つスタッフが増える中で、「メンバー一人一人が最高のパフォーマンスを発揮できる状態を作る」という間接的な貢献が求められます。
上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない。だからこそリーダーには、強い理念と卓越した商品力を示し、メンバーが誇りを持って働ける環境を作る責任があるのです。
ブランディングの実践チェックリスト
ブランディングを実践に移すためのチェックリストを提示します。
ステップ1:理念の明確化
- 自社の「お客様への愛」は何か言語化できているか
- ビジョンは抽象的ではなく、具体的な体験として説明できるか
- 社員が誇りを持って語れるストーリーがあるか
ステップ2:商品力の確立
- 「これだけは任せて」と言える看板商品があるか
- その商品は細部まで磨き込まれているか
- 競合の平均ではなく、独自の価値基準を持っているか
ステップ3:メッセージの伝達
- 顧客視点で価値を語れているか(自社の成功物語ではなく)
- すべてのタッチポイント(店舗、Web、商品、スタッフ)で一貫したメッセージを発信できているか
- 情熱と愛情が伝わる表現になっているか
ステップ4:実験と改善
- 仮説を立てて小規模な実験をしているか
- 顧客の反応を丁寧に観察し、学びを得ているか
- 失敗を含めた物語を前向きに捉えているか
ブランディングに関してよくある質問
Q1:ブランディングとマーケティングの違いは何?
マーケティングは商品を売るための戦術(広告・プロモーションなど)であるのに対し、ブランディングは「ファンを持つことで得する塊」を作る経営戦略です。
ブランディングは事業全体を個性的で魅力的に変革し、顧客の共通した好印象(おそろいの評判)を形成すること。価格競争から脱却し、持続的な成長を実現します。
Q2:中小企業でもブランディングはできる?
むしろ中小企業こそブランディングが有効です。すべてを網羅するのではなく、1つの看板商品に絞って「これだけは絶対に負けない」という強みを作ることで、大企業との差別化が可能になります。
たとえば、パン屋なら80種類揃えるより、最高の食パン1つで勝負する方が強いブランドを築けます。
Q3:ブランディングに必要な3要素とは?
- 強い理念と壮大な夢(お客様に何を提供したいかという情熱的なビジョン)
- 理念に基づいた卓越した商品力(適正な売上と利益を生む価値ある商品)
- 明確で共感できるコンセプト(ブランドが提供する価値を一言で表現したメッセージ)
この3要素が揃って初めて、ファンを獲得できるブランドが完成します。
Q4:顧客に伝わるメッセージを作るには?
「売上○億円達成」などの企業側の成功物語ではなく、顧客視点で具体的な体験価値を語ることが重要です。
たとえば「この旅行に行けば必ず学びがあり、自分が変わる」「人生100年時代をどう生きるか、その答えを旅を通じて見つける」といった、顧客の人生にどんな変化をもたらすかを明確にします。
Q5:ブランディングの効果はどのように測れる?
- 優秀な人材が自然と集まるか
- メディアに取り上げられる機会が増えたか
- 価格競争をせずに適正価格で売れているか
- リピーターや推奨者が増えているか
上記4つの指標で、ブランディングの効果は測定できます。これらが実現していれば、ブランドが「ファンを持つことで得する塊」として機能している証拠です。
まとめ|ブランディングは売上に直結する経営戦略
柴田陽子氏が実践するブランディングは、表面的なデザインではなく、事業の本質を磨き上げる経営戦略です。「ファンを持つことによって得する塊」を作るには、強い理念、卓越した商品力、そしてそれを伝える一貫したメッセージが必要となります。
重要なのは、市場平均や競合を基準にするのではなく、顧客への深い愛情に基づいた独自の価値を追求し続けることです。細部までこだわり抜き、正しい実験を重ね、顧客と共に物語を作っていく。この地道なプロセスこそが、持続的な成長をもたらす真のブランディングなのです。
今日から、あなたの事業における「おそろいの評判」を意識してみてください。顧客が共通して抱く好印象は何か、それを生み出すために何ができるか。その問いへの答えが、あなたのブランド戦略の出発点となるはずです。

