地方創生が叫ばれて10年以上が経過しましたが、人口増加しているのは首都圏のみという厳しい現実があります。従来の「外から人を呼び込む」施策では限界が見えてきました。
本記事では、コミュニティデザイナー山崎亮氏と東京海上日動火災保険の渡辺真吾氏の対談から、地方創生2.0の新しいアプローチを解説します。
地方創生が直面する現実と課題
地方創生の本質は、東京への人口集中を止めることではなく、地域住民自身が主体となって活動することにあります。
2014年に「まち・ひと・しごと創生法」が制定されてから10年以上が経過しました。しかし、沖縄県を除くと、人口が増加しているのは首都圏のみという厳しい現実があります。
従来の地方創生が抱える構造的問題
政府主導の地方創生政策には、以下のような課題が存在します。
| 課題 | 詳細 |
| 東京視点の政策設計 | 現場の実態を反映していない数値目標の設定 |
| 関係人口への偏重 | 地域内の「活動人口」の質が軽視されている |
| 持続性の欠如 | 補助金依存で地域主導の取り組みが育たない |
コミュニティデザイナー(※1)の山崎亮氏は、「関係人口」よりも「活動人口」に注目すべきだと指摘します。活動人口とは、地域のまちづくりに実際に参加して活動している住民の数を指します。
※1:コミュニティデザイナー=地域住民が自ら課題を発見し、解決していくプロセスを外部から支援する専門家。
地域の活動人口を増やすことが関係人口増加の鍵
活動人口の比率が高い地域では、自然と関係人口も増えていきます。なぜなら、地域で活発に活動する人々が外部の人々に助けを求めたり、アドバイスをもらったりする関係性が生まれるためです。
つまり、外部から人を呼び込む施策よりも、まず地域住民自身が主体的に動ける環境を整えることが重要なのです。
コミュニティデザインの実践事例
地域の課題解決の答えは、外部のモデルロジックではなく、すでに地域の中に存在しています。
山崎氏が手掛けた2つの事例から、地域主導の創生がどのように実現するのかを見ていきましょう。
香川県観音寺市:恥ずかしさをクリエイティブに変えた商店街再生
観音寺市の商店街では、衰退により空き店舗が増加していました。しかし、実態調査でわかったのは、地域の人々がすでに「ショップインショップ(※2)」を自然に行っていたという事実です。
※2:ショップインショップ=店舗の中に別の店舗が入る形態
取り組みのポイント
- 下着屋の中に酒屋が入る
- 酒屋が野菜も販売する
- 補聴器店の中にタコ料理店「タコのやーちゃん」が出店
地域住民は当初、この状況を「恥ずかしいこと」と考えていました。しかし山崎氏は、これを「クリエイティブな取り組み」として再定義しました。
見え方が変わっただけで、住民たちは積極的に動き始めたのです。外部から新しいモデルを持ち込むのではなく、すでに地域にある資源の価値を再発見することが重要でした。
岡山県笠岡諸島:子どもたちが大人を動かした10年計画
笠岡諸島での取り組みは、さらに劇的な展開を見せました。
プロジェクトの経緯
- 当初、島の大人たちは危機意識が薄く「忙しいから参加できない」という反応
- 方針転換:子どもたちと一緒に振興計画を作成
- 子どもたちが「こうなっていなければ島に戻らない」という未来像を提示
- 大人たちが本気で実現に向けて動き始める
子どもたちからの具体的な要望には、以下のようなものがありました。
- コンクリートで覆われた島の自然を元に戻す
- 島の物産だけで作る店舗の設置
- 若者が働ける環境の整備
「10年後に小学生全員が戻ってこないと人口がゼロになる」という現実を突きつけられ、大人たちの意識が変わったのです。
保険会社が取り組む新しい地方創生のカタチ
東京海上日動火災保険は、リスクマネジメントの専門性を活かして、地域の課題解決に取り組んでいます。
従来、保険会社は「困ったときに助ける」存在でした。しかし今、その役割は「困った状況を減らす」方向へと進化しています。
愛知デジタルヘルスプロジェクト:産官学連携で健康寿命を延ばす
愛知県では2019年をピークに人口減少に転じ、2040年頃には医療・介護の支援者不足が深刻化すると予測されています。
プロジェクトの特徴
- 開始時:6社のコンソーシアム
- 現在:80社以上が参加
- 目的:高齢者が自宅で暮らし続けられる地域コミュニティの構築
このプロジェクトでは、以下の3つのアプローチを統合しています。
| アプローチ | 内容 |
| フレイル(※3)予防 | 足腰の衰えを遅らせる取り組み |
| 生きがい創出 | 地域コミュニティへの参加促進 |
| 在宅支援 | 要介護状態でも自宅で暮らせるサービス |
※3:フレイル=加齢により心身の活力が低下した状態。
東京海上日動の渡辺真吾氏は、「地域に産業を作る」という視点でこのプロジェクトに取り組んでいます。単なる支援ではなく、持続可能なビジネスモデルとして地域に根付かせることを目指しているのです。
地域防災とレジリエンス向上:能登半島地震からの学び
2024年の能登半島地震を受け、東京海上日動は自治体・商工会議所・地域企業と連携した防災体制の構築に取り組んでいます。
保険会社の新しい役割
- リスクの可視化と共有
- 地域一体となった防災体制の構築
- 「困った」を減らすための事前対策
保険金を支払う場面を減らすことは、結果的に保険料の低減にもつながります。これは地域住民にとってもメリットがあり、好循環を生み出すのです。
持続可能な地域づくりに必要な7つの条件
地方創生を持続させるには、地域が「大人の部活」のように自律的に活動できる仕組みが必要です。
山崎氏は、学生時代の部活動が長続きした理由を分析し、地域づくりに応用できる7つの条件を提示しています。
地域が自走するための7つのチェックリスト
- 日々の練習(定期的な集まり)
- 事例の共有や活動方針の決定を定期的に行う
- 事例の共有や活動方針の決定を定期的に行う
- 試合(実践活動)
- 会議だけでなく、実際に街に出て社会実験や活動を実施する
- 会議だけでなく、実際に街に出て社会実験や活動を実施する
- 全国大会への参加
- 地域づくり大賞やグッドデザイン賞などにチャレンジし、他地域の取り組みから学ぶ
- 地域づくり大賞やグッドデザイン賞などにチャレンジし、他地域の取り組みから学ぶ
- 勧誘(新メンバーの獲得)
- 毎年4月に新しいメンバーを迎え入れる仕組みを作る
- 毎年4月に新しいメンバーを迎え入れる仕組みを作る
- 卒業の仕組み
- 同じ人がずっとボスにならないよう、一定期間で役割を交代する
- 同じ人がずっとボスにならないよう、一定期間で役割を交代する
- 役割分担の明確化
- リーダー、財務担当、サポート役など、住民自身で役割を決められる
- リーダー、財務担当、サポート役など、住民自身で役割を決められる
- 資金の仕組み
- 最小限でも自分たちでお金を回す仕組みを構築する
山崎氏は「3年間の支援期間中にこの7つができるようになれば、私たちは必要なくなる」と語ります。外部支援者が不要になった状態こそが、真の地域自立なのです。
民間主導の地方創生が目指すべき姿
持続可能な地方創生の鍵は、地域住民が主体性を持ち、民間企業がリスクを共有しながら支える構造にあります。
東京海上日動が考える持続可能性の本質
渡辺氏は、持続可能性について次のように語っています。
「一時的な支援ではなく、地域に根差して事業として産業として続けられることが最も重要です。東京海上日動は、地域の方々が新しい挑戦をする際のリスクを共に負うことで、不安なく活動できる環境を提供しています」
民間企業の役割
- 補助金依存からの脱却支援
- 事業化・産業化のサポート
- リスクマネジメントによる安心感の提供
- 地域プレイヤー間のハブ機能
コミュニティデザイナーの育成と普及
山崎氏は、コミュニティデザインという職能の普及にも力を入れています。
「この手の仕事が各地域に足りていないという実感があります。コミュニティデザインに取り組む人を少しでも増やし、私たちの経験を伝えていきたい」
関係性という目に見えないものを扱うため、認知度は低いものの、地域課題の解決には不可欠な存在です。
地方創生に関してよくある質問
Q1:地方創生2.0と従来の地方創生の違いは?
従来の地方創生は外部から人を呼び込む「関係人口」の増加に焦点を当てていましたが、地方創生2.0では地域住民自身が主体的に活動する「活動人口」の質的向上を重視します。
補助金依存ではなく、地域に根差した持続可能なビジネスモデルを構築し、住民が「やらされ感」ではなく「自分たちで作る」という当事者意識を持つことが特徴です。
Q2:活動人口と関係人口の違いは?
活動人口とは、地域のまちづくりに実際に参加して活動している住民の数を指します。一方、関係人口は地域外に住みながら地域と多様な関わりを持つ人々を指します。
コミュニティデザイナーの山崎亮氏は、活動人口の比率が高い地域では自然と関係人口も増えると指摘しており、まず地域内の活動人口を増やすことが重要だと提唱しています。
Q3:保険会社が地方創生に取り組む理由は?
東京海上日動火災保険は、「困ったときに助ける」という従来の役割から「困った状況を減らす」方向へと進化しています。地域の課題解決や新しい挑戦にはリスクが伴いますが、そのリスクをマネジメントすることが保険会社の専門性です。
リスクを共有しながら地域の挑戦を支えることで、結果的に保険金支払いが減り、保険料の低減という好循環も生まれます。
Q4:地域が自走するために必要な7つの条件とは?
山崎亮氏が提唱する「大人の部活」理論に基づく7つの条件は、以下の通りです。
- 定期的な集まり
- 実践活動
- 全国大会への参加
- 新メンバーの獲得
- 卒業の仕組み
- 役割分担の明確化
- 資金の仕組み
これらを3年間の支援期間中に確立できれば、外部支援者がいなくても地域が自律的に活動を続けられる状態になります。
Q5:地方創生の成功事例にはどのようなものがある?
地方創生の代表的な成功事例として、香川県観音寺市の「ショップインショップ」による商店街再生と、岡山県笠岡諸島の子どもたちが主導した10年計画があります。
観音寺市では、地域住民がすでに行っていた取り組みを「恥ずかしい」から「クリエイティブ」と再定義することで活性化しました。
笠岡諸島では、子どもたちが「こうなっていなければ島に戻らない」という未来像を提示し、大人たちの本気を引き出しました。どちらも外部モデルの押し付けではなく、地域の中に答えを見出した事例です。
まとめ:地方創生2.0の実践に向けて
地方創生2.0を実現するためには、以下の3つの視点が重要です。
(1)地域主導の原則
答えは地域の中にあります。外部のモデルを押し付けるのではなく、すでに地域にある資源や取り組みの価値を再発見し、住民自身が主体的に動ける環境を整えることが基本です。
(2)活動人口の質的向上
関係人口の数を追うのではなく、地域内で実際に活動する住民の質と量を高めることが先決です。活動人口が増えれば、自然と関係人口も増加します。
(3)民間の専門性の活用
保険会社のリスクマネジメント能力、コミュニティデザイナーの関係構築スキルなど、民間の専門性を地域課題の解決に活用することで、持続可能な仕組みが生まれます。
これからの地方創生は、「やらされ感」ではなく「自分たちで作る」という当事者意識を持った地域住民と、専門性を持つ民間企業が協働することで実現していきます。
若い世代は社会課題の解決や人の役に立つことに強い関心を持っています。そうした人々が地方でも活躍できる場を作り、自律的に活動できる「大人の部活」のような地域コミュニティを各地に育てていくこと。それが、真に持続可能な地方創生の姿なのです。

